浦沢直樹氏の著作『20世紀少年』には、〔謎の存在に気づきにくい謎〕がある。〔謎が隠されている〕と言ってもよい。画をよく見、台詞(セリフ)をじっくり考えないと、謎を見つけられないのである。そういう謎が、本作の真髄を味わうためには、死活を制するほどに重要である。 〔隠されている謎〕の一つを述べよう。16巻第3話に次の場面が描かれている。(セリフはそのまま引用するが、画の説明にには私(坂田)の主観を含めて描写する。ご了承願いたい。) フクベエが鏡に向かって、「君は……… 誰? サダキヨ…?」「くく…… 違うよ、くく……」「君は…… カツマタ君?」「くくく、違うよ。」「じゃあ 君は、誰?」「君は誰だ?」と自問している時、戸の外からフクベエを呼ぶ声がする。「ハットリく──ん。」フクベエが窓から見ると、〔サダキヨの顔をした少年〕である。 フクベエは、この〔サダキヨの顔をした少年〕に「なんでハットリって呼ぶんだよ。」と、厳しい表情で詰問する。 もちろん読者は、フクベエがこのように詰問するわけはご存知だろう。サダキヨは、「隣の学校でイジメにあって、今学期に僕らの学校に転校してきて、それでもやっぱりイジメられてるような気持ち悪い奴なんだ」(16巻第2話のフクベエのことば)と言われるような子である。 そのサダキヨがフクベエに「と…友達になってくれる………?」とお願いした時、フクベエは「友達になってあげてもいいよ。」と答えた。サダキヨは、〔信じていいの?!〕という心情を含みつつも驚喜に満ちた表情を見せた(16 巻第1話)。 サダキヨは、念願の友達関係を結ぶことができるのだから、喜ぶのは当然である。ただし、フクベエは「ただし、二度と僕の名前を呼ぶな。」と厳命し、「僕はフクベエでもなければハットリでもない。僕はただの“ともだち”だ。」(16巻第1話)と宣言した。 サダキヨは、〔フクベエを「フクベエ」「ハットリ」と呼んではならない。“ともだち”と呼ばねばならない〕という条件付きで、フクベエとの友達関係を保つことができるのである。サダキヨが心から欲しいと願っていた、友達。その友達を失わないようにと、サダキヨはフクベエの出した条件を厳守する。 たとえば、サダキヨはフクベエに「だよね? “ともだち”!!」とか、「“ともだち”と一緒なら何倍も楽しいよ。」と言う(16巻第2話)。これが、サダキヨがフクベエを呼ぶ時の正しい呼び方である。 ところが、この〔サダキヨの顔をした少年〕は、戸の外から、「ハットリく──ん。」と呼んだのである。フクベエが「なんでハットリって呼ぶんだよ。」と詰問するのも当然である。 予想される〔サダキヨの顔をした少年〕の返答は、〔あ! ごめんよ、“ともだち”って呼ぶんだった! うっかり忘れてたんだ。もう二度と“ともだち”以外の名で呼ばないから。ごめんよ〕などであろう。ところが本作で描かれている事実はそうではない。 詳しく記そう。 「ハットリく──ん。」と呼ばれたフクベエは戸を少し開け、「なんで呼ぶんだ。」と詰問する。 〔サダキヨの顔をした少年〕は、〔ハットリくんを「ハットリく──ん」と呼んで何が悪かったのだろう?〕というような表情で、「え…… あ……」とあいまいに受け答えする。 フクベエは、この〔サダキヨの顔をした少年〕を家の中に入れ、ことばを補って詰問する。 「なんでハットリって呼ぶんだよ。」 〔サダキヨの顔をした少年〕は、〔「ハットリ」(服部)という本姓で呼んだのがいけなかったのかな〕と思ったのだろうか、「いや… あ…… ご…ごめんよ フクベエ……」と、あだ名で呼び、〔これでいいのかな?〕というような表情を示す。 だが、フクベエは怒声で言う。「フクベエでもハットリでもない。僕は“ともだち”だって言ってんだろ!!」 ここに問題がある。一度ならず、二度までも、この〔サダキヨの顔をした少年〕は、フクベエの厳命を破った。そんなことをすれば、サダキヨは、やっと結べた友達関係を失ってしまうではないか。 ここで、謎1。 なぜ、この〔サダキヨの顔をした少年〕は、〔この厳命を破れば友達関係が破棄される〕ほど大切なフクベエの厳命を、一度ならず二度までも破ったのか。 答を言おう。 この〔サダキヨの顔をした少年〕は本物のサダキヨではないからである。 本物のサダキヨなら、大切な友達を失わないように、フクベエのことを“ともだち”と呼ぶはずだ。ところが、この〔サダキヨの顔をした少年〕は「ハットリく──ん」と呼び、「フクベエ」と呼ぶ。 なぜか。 この〔サダキヨの顔をした少年〕は、フクベエの厳命「二度と僕の名前を呼ぶな。僕はフクベエでもなければハットリでもない。僕はただの“ともだち”だ。」を、〔聞いたことがない〕のである。 本物のサダキヨはフクベエのこの厳命を聞き、それを守っている。だが、この〔サダキヨの顔をした少年〕は、フクベエの厳命を聞いたことがないから、フクベエを「ハットリ」「フクベエ」と呼んだのである。 すなわち、 この〔サダキヨの顔をした少年〕は、本物のサダキヨではない ということである。サダキヨ本人の他に、サダキヨそっくりの少年がいるということである。 さらに言おう。 フクベエは、〔サダキヨの顔をした少年〕に対して、〔おまえ、いつもと声が違うな〕というようなことは言っていない。サダキヨ本人と、この〔サダキヨの顔をした少年〕は、顔だけでなく、声もそっくりなのである。 以下、本物のサダキヨをサダキヨAと呼び、サダキヨそっくりの別人をサダキヨBと呼ぼう(A・Bを省略することもある)。 謎1は解明されたようだが、ただちに新しい謎が生じる。 サダキヨBの正体は何者なのか? これは、『20世紀少年』の基本構造に深くかかわる、きわめて重要な謎である。解説するには多くの紙数が必要になる。
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謎解きの国 もくじ
序 謎1「サダキヨの顔をした少年は2人いる!?」 謎2「理科室五人目の少年はどこへ行ったのか!?」 謎3「理科室五人目は理科室で何をしたのか!?」 謎4「理科室五人目は誰か!?」 謎5「なぜ世界大統領は〔ドンキーを眼前で突き落とした〕という記憶を持っているのか!?」 謎6「〔死んでよみがえる〕のは誰か!?」 謎7「サダキヨ本人と〔サダキヨそっくりの少年〕はどんな間柄か!?」 謎8「見分けのつかない二人のナショナルキッド仮面は誰と誰か!?」 謎9「バッヂ反陽子仮面は誰か!?」 謎10「ともだちBの正体は誰か!?」 謎11「ヴァーチャルアトラクションに現れた のっぺらぼう少年は誰か!?」 謎12「サダキヨBの正体は誰か!?」 謎13「ともだちBとフクベエは双子なのか!?」 謎14「なぜともだちBはフクベエそっくりなのか!?」 謎15「なぜ鏡に映る顔が のっぺらぼうになるのか!?」 謎16「なぜガラス戸に映るフクベエの顔がのっぺらぼうになったのか!?」 謎17「カツマタの素顔はどんな顔か!?」 謎18「なぜ〔世界滅亡・地球爆発〕の予言は的中しなかったのか!?」